カスタマージャーニーマップは起こるべき現実ではなく起こりえない理想が書かれるのか?

(以下ToBe型カスタマージャーニーマップの話です)

UXデザインで使われるカスタマージャーニーマップは、体験を時系列で可視化し、具体的な要件や関係者の洗い出しにつなげるための中間成果物です。ユーザーに価値を届けるために適した体験が記載されています。この体験はユーザー調査を元に検討されたもので、ペルソナと組み合わせて使われることも多いです。UXデザインのための中間成果物はいろいろありますが、カスタマージャーニーマップはユーザーの体験全体と関係するタッチポイントを俯瞰しやすいのが良い点です。また認知→購入→シェアのような購買フローも確認できるため、マーケティング面も考慮しやすいところも良い点です (というか元はマーケティングのツールですよね…)。

ただ、せっかくカスタマージャーニーマップを作っても業務の現場ではカスタマージャーニーマップを「理想だ」と否定されてしまうことがあります。カスタマージャーニーマップにはユーザーが価値を受け取るために適した体験が記述されているので「理想」なのは間違いないのですが、「現実離れしている」「都合が良すぎる」という意味で「理想」と言われてしまうのです。

なぜ「理想」だと言われてしまうか

否定の意味で「理想」と言われてしまうカスタマージャーニーマップの背景にはパターンがありそうです。

パターン1. 現実離れした体験
記述された体験が現実離れしているパターン。体験をプロダクトやサービスに落とし込むための壁がすぐ見つかる場合に言われがち。壁は予算、時間、人、技術、システム制約、ユーザーのコンピューターリテラシー、企業文化、スタッフのストレスなど様々。

パターン2. ユーザー情報が一切使われていない
「調査していないってことは想像だから結局作った人の理想でしょ?」というパターン。事情によりユーザー調査ができず自分たちの知見のみで作るしかない場合に生まれる不信感や心配のこと。

パターン3. 胡散臭い
「現場知らないコンサルが絵空事言ってるだけでしょ?」という気持ちをオブラートに包んで「理想」と表現するパターン。UXは流行ってる割に理解されにくい概念で、さらにイノベーションのような大きな期待を絡められることも胡散臭いと思われがち。現状が生んだ不信感から生まれた印象。

パターン4. 自分との関係がわからない
カスタマージャーニーマップを利用者自身が純粋にどう扱っていいかわからないパターン。カスタマージャーニーマップの中身そのものではなくプロセスや位置づけの話。業務への活かし方やプロダクトへ落とし込む道筋がわからないことで利用者が「良いプロセスだが自分たちには無理だ」という意味で「理想」と捉えられるパターン。

パターン5. 使いたくても使えない
いつも鶴の一声や政治的な事情でで仕様が決まっているなどカスタマージャーニーマップを活かす状況に無いことで「理想」と言われるパターン。これもプロセスが理想という話。「理想的なプロセスだけどウチでは無意味だよ…」という諦めに近い意味がこめられています (悲しい)。

パターン6. そもそもとして「理想」として扱う前提
これもプロセス。UXデザイナー自身が、カスタマージャーニーマップの体験を素直に仕様に落とす気が最初からなく、カスタマージャーニーマップを作ったあと「現実としてどこまでやるか」と言いながらジャーニーの一部分だけ利用していくパターン。逆に企業がUXコンサルにカスタマージャーニーマップなどコンセプトメイキングまでを依頼し、その後「じゃあ現実に落とそう」と言ってクライアントサイドがジャーニーマップを料理しなおすパターンも。


いずれも記述された内容、もしくはプロセスへの信頼感が原因でしょうか。


「理想」ではなく「現実」を

UXデザインに求められる役割は様々ですが、UXデザインの最低限かつ最重要な役割は、体験全体を現実の体験として成り立たせることだと私は考えています。UXデザインというと体験の中身やアイデアに注目しがちですが、まずは現実的で矛盾なく体験全体がつながっていること、これがUXデザインの成果物に最低限必要な条件だと思います。

カスタマージャーニーマップを体験全体を現実の体験として成り立たせるために私が気にしていること挙げてみます。

1. ユーザー体験が全体としてつながっている
  • 個々のユーザー体験が次の体験につながっている
  • 必要なタッチポイントが存在している
  • 必要な機能が存在している

2. 利用者が体験できる
  • 一定レベルを満たしたユーザビリティ
  • 利用できるレベルのシステムパフォーマンス
  • 利用するのに必要な料金が利用者が支払いできる範囲内

3. 抱かせた事前期待値と利用結果のバランスがとれている
  • サービス or プロダクトとの出会い方やユーザーの気持ちに嘘、大げさ、まぎらわしさが無い
  • 事前期待値に見合った、またはそれ以上の利用満足

4. 提供者が価値を提供し続けられる (会社やプロジェクトが潰れない)
  • 運用リソース (人と時間と金) に無理が無い
  • スタッフの心に無理がかからない
  • システムに負荷がかかりすぎない
  • 価値提供に必要な費用を確保できる (=利益を上げている)

もちろんすべて100%満たすのは無理ですし、むしろ満たせないことを確認したり、明らかになった不明点が体験の検証ポイントになります。それでも、これらの条件を満たしているとカスタマージャーニーマップに現実感が生まれ、関係者に信頼されやすくなります。また当然ですが、現実とかけ離れたカスタマージャーニーマップは要件の元にならないため使い道がありません。カスタマージャーニーマップは現実的であって初めて要件の元として活用できます。

UXデザインは設計

最近まで私はUXデザインを「出会いから別れまでの台本づくり」と捉えていました。UXデザインを直訳すると「ユーザー体験の設計」になりますが、体験は不確定なものなので設計と言い切るのはおかしいと考えていたからです。

しかし、前の省に書いた1~4を満たし、体験が成り立つよう組み立てることは「設計」と捉えてよさそうです。そして、設計と捉えることで、あやふやだったUXデザインの役割に設計という軸が生まれ、最低限満たすべきものが何なのか自分の中でハッキリしました。感覚的には体験の設計でいう「設計」は、システム設計というより家の設計を思い浮かべるとしっくりくると思います。家は壊れなかったり、入口があったり、雨風を凌げたりといった最低限家として成立するための条件があります。

教科書的なUXデザインのプロセスを振り返ってみても、UXデザインのプロセスは設計と言えそうです。

各種ユーザー調査 (プロトタイピングファーストのプロセス含む) は、ペルソナやカスタマージャーニーマップを現実に近づける手助けをし、気持ちや行動のブレを抑えるようにします。設計する体験のインプットやアウトプットの値を正確に捉え、現実に近づけようとする活動とも言えます。

関係者の知恵を結集して作ることもプロダクトを現実に近づける点では同じです。特に運用や開発コスト面はユーザー調査から導きだせるものではなく、関係者の専門性や知見が必要不可欠です。

ユーザビリティテストは体験バグの確認に近そうです。

UXには様々な役割が期待されます。しかし、UXデザインは設計だと捉えることで、UXデザインの目的や役割に一本軸ができるのではないでしょうか。

UXデザイナーとカスタマージャーニーマップ

カスタマージャーニーマップの話に戻ります。UXを「設計できるもの」と捉えることで、カスタマージャーニーマップの役割を「要件を抽出するための中間成果物」として信頼できると思います。

ユーザーリサーチや各タッチポイントのデザイン経験や知識、ファシリテーション能力、論理的思考、タッチポイントのプロフェッショナルと仕事を進める能力…これらスキルを駆使し、制約やビジネスゴールに対し体験をいかに成り立たせるかがUXデザイナーとしての腕の見せ所です。イノベーションを代表とする大きな期待に比べると地味かもしれませんが、専門家として非常にスキルが必要な領域かと思います。

また、カスタマージャーニーマップにはユーザー調査を元にしたアイデアが盛り込まれます。そのアイデアはUXデザインだけで生むことはできません。普段良い体験をしていたり、学んだりしているかが大切と言われています。もちろんUXデザイナー以外も良いアイデアをたくさん出せます。体験の方向性やユーザーの求める価値を見つけるのはUXデザイナーの仕事ですが、そこから導く具体的なアイデアはUXデザイナーだけが出さなくてもよいのです。UXデザイナーは関係者の知見をいかに生かすかが重要です。だからUXデザイナーにファシリテーション力が必要なのです。

一方でアイデアを組み立てて体験を成り立たせるのはUXデザイナーの得意技です。いわゆる編集能力もUXデザイナーに必要な力かと思います。もちろん、より良いアイデアを出すための知識やスキルも重要です。

体験が大事な理由

アイデアの話が出たので余談です。

会議などで普通だと蹴られるアイデアも、体験を成り立たせて実際に世の中に存在させると評価されることがあります。DropboxやEvernoteは誰しもが考えたことのアイデアだと思いますが、その割にユーザーに評価され使われ続けています。どちらも価値を受け取ることができるからです。アイデアはアイデア単体では評価できません。きっと大抵のアイデアは良いアイデアです。アイデアの価値を100%体験するには体験が成り立っていることで必要があり、100%価値を体験できることで初めてユーザーの評価につながります。逆に体験が成り立っていないとアイデアの価値を十分に体験できないので良い評価は生まれません。

包丁やペンと違ってデジタルプロダクトは人間にとって歴史が浅く、使い方を家庭や学校で教えてくれるわけでもありません。しかも仕組みが見えません。わかりにくく、かつ仕組みの見えない「何か」に価値を感じ、生活にどう活用するか、そんなことを瞬時に判断するのは人間にとって難しすぎるのでしょう。モノではなく体験が大切、という世の中の流れは人間の限界から生まれた「デジタルプロダクトは難しい」という悲鳴なのかもしれません。

まとめ

  • UXデザインは体験の設計
  • 成り立っていない非現実な体験は理想扱いされ信頼されない
  • 矛盾なく成り立つような体験を設計することがUXデザインの最低限かつ最重要な役割

今回書いた内容はカスタマージャーニーマップを使ったマーケティング寄りのUXに限定されていて、これがUXのすべて!!という話ではないです。

実際の業務では体験設計に時間をかけすぎるとスピード感が失われるので、やはり早めにプロト作ってPDCAをまわししつつカスタマージャーニーマップを修正していくのが良いのかな…あ、これ普通に今流行っているプロセスですね。

捉えどころの無いUXデザインを設計だと捉え、UXデザインとその成果物は理想ではなく現実の体験を作る作業言い切ることで、UXデザインはより信頼され、かつ実際の業務に活かしやすくなると思います。みなさんいかがでしょう?